奈良に帰省(5)、大晦日
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生家そばのお寺に墓参。
和歌山城のすぐそばだ。
南紀の寺らしい植物がお出迎え。
万葉集にも詠まれた和歌の浦にある旅館群は軒並み閉鎖されている。市内中心部の繁華街にも、かつての賑わいはない。アーケード内の店の多くは閉鎖され、行き交う人もまばらだ。
ショッキングな光景だ。
そういえば、奈良の実家周辺にも、さびれた雰囲気が充満している。街をそぞろ歩いていても、静けさだけが満ちている。外で遊んでいる子供の数が、びっくりするほど少ない。
「少子高齢化」、「人口減少」を体現する街の姿は、物悲しいものだった。今後10年で、日本各地の街のたたずまいは、激変するのではないだろうか。
東京に住んでいると分かり得ない、近い将来の日本に待ち受けている、「受け止めきれない冷たい現実」の一端を垣間見た感じがした。
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”誕生”、Tokyo Baptist Church
今夜は、教会のキャンドルライト・サービスに参列した。
毎年シンプルなスタイルだけど、心があたたまる。
なんと今夜は、白人の着物ガールズ達(The Ryan Sisters)による、クリスマス・ソングby 津軽三味線もあり、大いに盛り上がった。
今夜は誰もが、誰に対しても自然に優しくなれる日だ。友達にも、見ず知らずの外国人にも、気軽に笑顔で”Merry Christmas!”と挨拶を交わす。
~黙想~
"Hark! The Herald Angels Sing"
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”灯(ともしび)がもたらすもの”
キル・フェボンで予約していたクリスマス・ケーキを持ち帰り、自宅で夫婦だけの静かなクリスマス・パーティーを開いた。
去年、この部屋に引っ越してきた時も、こんな風にささかやかにクリスマスを祝った気がする。
あの頃から考えると、生活もずいぶん落ち着いてきた。
~黙想~
”ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。” (旧約聖書 イザヤ9:6)
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「小さくて軽い」のが自慢のデジタル一眼レフに対応する新しいレンズを購入した。
その薄さから、「パンケーキ・レンズ」の異名を取る、ZUIKO Digital 25mm F2.8レンズだ。
ずっと楽しみにしていたレンズを買えた。嬉しいなぁ。
なけなしのボーナスさん、さようなら。
そして、勝手に自分の好きなものを買うことで生じた妻の怒りよ、こんにちは・・・。
~黙想~
”だが、ペトロは、「あなたの言うことは分からない」と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。
主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。
そして外に出て、激しく泣いた。” (ルカ 22:60-62)
反抗期真っただ中の中学生時代、駅前にある教会を恥ずかしい気持ちを圧して一人で訪れた。その日の牧師さんのメッセージの箇所がここだった気がする。
聖書のこの箇所を読むたびに、僕は木造の古くて懐かしい教会を思い出し、その日焚いてあったストーブのぬくもりを思い出し、そして神を裏切る人間の弱さを、今だに狭小なままの胸にかき抱く。
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銀座のブランド・ショップには無縁だけど、銀座の映画館なら胸を張って入れるさー
週末に、妻と『未来を写した子供たち』という映画を観た。映画館は、以前から一度訪れてみたいと思っていたシネスイッチ銀座だ。僕が高校生の時に熱狂した、『ニュー・シネマ・パラダイス』の火付け役は、なんとこの映画館だったそうだ。
今回の映画は、2005年度のアカデミー賞で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した作品だ。イギリス人の女性写真家とインドの売春窟で生まれ育った子供たちの、カメラを通じた交流を描く。
そうなんです、もうカメラにすっかり夢中で、観る映画までカメラ関連になってきました。
インドの売春窟なんて初めて見たが、やはり絶望が充満する場所、といった感じだ。それも、圧倒的で絶対的な絶望だ。イギリス人女性写真家の尽力で学校に行けるようになる子供たちもいるが、中には、(おそらく親が良い顔をしてくれないのが原因で)、結局は自主的に退学し、再び絶望の巣窟へと帰ってゆく少女たちもいた。光あふれる世界を希求しながらも、親の言うことを聞かないことへの罪悪感に勝てなかったのだろうか。
せつない話だ。でも、僕たちはせつない気分になるだけで済むが、当の彼女はあと数年で売春婦としての人生を身をもって体験していかなければならないのだ。
みんなで海にピクニックに行って、おおはしゃぎでシャッターを切る子供たちのシーンがたまらなく良かった。
そこには、絞り値も露出補正もホワイトバランスもなかったが、写真を撮ることに対する純粋な喜びがあふれていた。
僕も一眼レフを買って、それを知った。そして、写真に興味を持っているからこそ、彼らの感じる喜びにも、シャッターを切る一瞬に託す絶望からの逃避にも、より深く共感できたのかもしれない。
~黙想~
”・・・こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているものは愛です。” (第1コリント 13:13)
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”ぬくもり”、東京バプテスト教会
~祖母の命日~
今日は、亡くなった人に無性に会いたくなる日だ。
「有り金全部はたいたら、死んだ人にもう一度会わせてやる。」、と言われれば、僕はきっと全財産を差し出すだろう。
亡くなった祖母にほんの少しでも再会できた嬉しさを胸に、ゼロから再び力強く生き始められるような気がする。
~黙想~
”愛は・・・礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。” (第1コリント 13:5-7)
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”交差点、台湾”
~我が家で忘年会~
気の置けない仲間と、我が家でささやかな忘年会。
来年の抱負を語り合う。
マナブ君、一緒に勉強頑張ろう!
景子さん、中国語教室が軌道に乗りますように!
きえこさん、妻との着物遊び、お願いします!
新しい土地で、新しい仲間と週末のひとときを過ごせることに、素直に感謝。
~黙想~
”愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。” (第1コリント 13:4)
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船上ランチ、横浜
~スイム朝練~
今日も上半身中心のトレーニング。
バタフライが当たり前のようにメニューに入って久しい。そして何とかできるようになってきたことに、不思議さを感じる。
・フリー: 慣れない左側の息つぎが、まだまだできない。右耳を右腕につけるように心がける。
・バタフライ: 腕の入水時に、一拍おいてからストローク開始
練習を終えて、急いで地下鉄に乗り込む。
すると、背中をしきりに叩かれる。「うわー、朝から変なのにからまれるなんて、参ったなぁ・・・」、と思って後ろを見ると、なんと次長だった。
二人で始業1分前に会社到着。
計: 1,500m
~黙想~
”また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。”
(第1コリント 13:3)
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”Kailua beach”、Hawaii, 2007
~スイム朝練~
1週間ぶりの参加。
本日は、上半身中心のトレーニング。
スカーリング → プルブイでの3種目(フリー・ブレスト・ダブルバック) → スイム → ダッシュ
・左側での息つぎを、つたないながらも継続して練習する。
・3ストロークごとの左右交互呼吸が一番早く泳げるので、マスターを急ぐ。
プルブイを足に挟んでのバックは大変だった。いつも以上に鼻から水が入り放題だ。
鼻の穴が6つくらいあったら、痛くて気絶していただろう。
計: 1,500m
~レースの選定~
来年は、2回出場したい。
春先~夏までに1回、
そして、もう1回は、初トライアスロンの思い出の地、川崎・東扇島が良い。Blueさんと一緒に出られれば、さらに良いなぁ。
早めにレースを選定し、目標を明確にした上で、練習に励もう。
~黙想~
”裁いてはいけません。裁かれない為です。” (マタイ 7:1)
裁判員制度に対する見解ではありません。
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~クリスマス・コンサート~
教会のクリスマス・コンサートに妻と参列した。今回のコンサートは青山学院大学の講堂をお借りしての大規模なものだった。
午前11時の部に参列したが、既に満席。午後の部も合わせると、一体どれくらいの参列者がいたのかな。
例年の教会での開催とは違った趣きがあった。
~黙想~
”O Holy Night” by Celine Dion
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”出会い”、箱根
~スモール・グループ~
久しぶりの食事会。今夜は5人参加。
カレーを食べながら、楽しく話す。
今夜は、「信じることの本質」についての話で盛り上がった。
人は、論理的に整合性のあるものを信じるべきなのであろうか。
そもそも、人は、何の為に何かを信じようとするのか?
人は、何かの為に信じるのではなくて、信じることそれ自体が価値を有しているのではなかろうか。
何もかも奪い尽くされてもなお、信じるものが残っている時、その人は本質的には、欠けたものなく、満たされているのかもしれない。
・・・・ 酔ってるんじゃないの、って?
確かに、自分で読み返してみても、何を言いたいのか、よく分からんです。はっはっはっ
~黙想~
”私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。” (旧約聖書 ヨブ記 1:21)
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”クリスマス・リース”
~Advent (待降節)~
キリスト教において、11月30日に一番近い日曜日からクリスマス・イブまでの4週間はAdvent(待降節)と呼ばれている。
待降節は、イエス・キリストの降誕を待ち望む期間とされ、この待降節が始まると、人々はクリスマス・デコレーションにいそしみながら、イエス・キリストの誕生に静かに思いをはせる。
僕と妻も、ささやかな飾りを楽しむことにした。
夕食後、青山フラワーマーケットで見つけたリースを妻と一緒に玄関につけた。自然な趣(おもむ)きが、見ていて心地良い。
明日は久しぶりのスモール・グループ(食事会)だ。
~黙想~
”光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。” (ヨハネ 1:5)
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”薔薇のシャネルさん"、妻撮影
夫婦共働きの為、部屋の造りは掃除がしやすい、非常にシンプルなスタイルを採用している。
その分、毎週花を飾ることで、殺風景になりがちな部屋に彩(いろど)りを添えるようにしている。
花を選ぶのは妻だ。
今週の花はシャネルという名前の薔薇。
検索でヒットした、昌さんのブログ”日々是雑念”によると、この薔薇の作出はフランスではなくて、イギリスだそうだ。
勉強になるなぁ。
セレンディピティで見つけた花瓶も清楚でかわいらしい。
~黙想~
”私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、そこでもあなたの御手(みて)が私を導き・・・”
(旧約聖書 詩篇139: 9-10)
昨日のブログの写真、"Twilight"から連想するものは?と妻に聞と、この聖句にたどり着いた。
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