« 今週の花 | トップページ | 教会メンバーの死 »

2009年12月14日 (月)

祖母を偲ぶ日

Kinsyu1
”錦秋に包まれて”、有栖川公園  





和歌山の日本酒の蔵元に生まれたという祖母の命日を偲ぼうと、帰り道に酒屋に立ち寄った。


もちろん、今夜は和歌山の酒だ。
一番好きな「黒牛」を手に取る。




レジ打ちの若い男の子が、

「これ、本当にうまいんですよね。」


と笑顔で話しかけてくれる。
そう、本当にうまいのだ。






~死後も意識は生き続ける?~



ニューズウィークを読んでいると、C・S・ルイスの文章を引用している記事があった。



”・・・・あのルイスでさえ、死別のつらさを乗り越えるのに信仰など役に立たないと言い切っている。「宗教の慰めについて私に語ろうとしないでくれ」、と彼は『悲しみをみつめて』の中で書いている。「そんなことをされたら、君は分かっていないと思ってしまう」” (ジェリー・アドラー記者、”あの世の生を信じますか?”)




アドラー記者は息子さんを亡くされたそうだ。

臨死体験を科学的に検証し、肉体的な死イコール終わりではない可能性を探ろうとする論文が2010年に発表される予定であることを受けて、こう書いている。



”・・・論文はぜひ読みたいが、それが息子の死で私の人生にぽっかり開いた穴を埋めることにはならないと思う。マックスが別の宇宙で肉体のない意識として生きていると考えたら心が慰められるだろうか?
私はマックスに今、ここにいてほしいと思う。もう一度あの子を抱けるなら、永遠に生きる権利なんて手放してもいい。”






アドラー記者の心の叫びと、死後の意識の有無を科学的あるいは宗教的に解明することとの間に広がる深淵を埋める術をどう説明したらいいのか分からないまま、僕も祖母の死を引きずって何年も生きている。







« 今週の花 | トップページ | 教会メンバーの死 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 今週の花 | トップページ | 教会メンバーの死 »